【1日目 8月18日(木)】

2005年8月18日 木曜日。旅立ちの朝に似合う快晴。
朝9時、私達は重いスーツケースと通常の旅行では絶対に持ち歩かない楽器を手に、成田空港第2ターミナルビル3階に集合した。
早朝にもかかわらず、空港は多くの旅行者でごった返している。

今回の旅の目的は、船橋市と姉妹都市であるデンマーク王国オーデンセ市で音楽を通じて文化交流をしてくること。
成田空港まで船橋市役所市長公室長の川崎さんと国際交流室長の香取さんが見送りに、また、同国際交流室長の高橋さんが今回の旅行に同行する。
成田で集合写真

全員が揃い、搭乗券と荷札(名札)が配られたあと、手順を踏んで出国。
フライトまでの時間は、免税店で買い物をしたり、ビールを飲んだり、目の前の飛行機を眺めつつソファーでくつろいだり…とそれぞれの過ごし方。
談笑中緊張ぎみ?

「スカンジナビア航空SK-984便にご搭乗のお客様は、―――……」
アナウンスを合図に搭乗開始。
入り口で出迎えてくれてたお兄さんがちょっとかっこよかったなー、なんて…。
中には今回が初飛行機だった人もいたようで。
特に離陸の瞬間はHrのSさん、ClaのKは「おおぉぉぉっっ!!」とか叫んでました…。


そして、見えてきたデンマーク。
飛行機から見下ろした土の色が成田と違う、という感想を抱いた人も。
太陽と共に11時間のフライトの末、無事にカストラップ空港にワンバウンドで着陸。
成田空港とは違って人の多くない、静かな空港という印象を受けた。
入国審査のあと初めて入ったトイレでは流し方がわからなくて個室の中で一人であわあわ
(結局壁にあった白い長方形の大きなボタンがそれだったわけだけど、探し当てるのに時間がかかった)。
灰皿もあったし喫煙OKなのだろう。早速、日本との違いを発見。
現地の人を見て「わー、外国人がいっぱいいる」と思ったけど実はこっちが外国人だったり。
どんどん流れてくるスーツケースと楽器を皆で協力して荷物台から下ろし、自分の荷物を受け取って、宿に向かう為バスに乗り換え。

空港から外に出ると、身体にひんやりとした風を感じた。
空は高く澄んで広く、日本でいえば秋のようだが陽射しが肌に痛い。
上空が冷えているせいか、飛ぶ飛行機の大半は空に白く長く軌跡を残している。
私達が乗るのは赤い2階建てバスだった。後ろに引っ張っているコンテナにスーツケースを詰め込んで、宿のあるフュン島へと向かう。
バスと荷物用コンテナ入り口はバスの右側ですよ。

窓からは、日本のそれとは比べ物にならないくらい広々と続く牧草地と時折近代的な風車が見え、
その中にぽつりぽつりと建つ家々がのどかな雰囲気をかもし出している。
酪農地帯を抜けると、バスは首都コペンハーゲンのあるシェラン島とオーデンセのあるフュン島とを結ぶ世界で2番目に長い橋、
グレートベルトリンクを渡った(驚いたことに世界一長い橋は日本の明石海峡大橋だという)。
Danshostel Odense City
旧市街を抜けて空港から2時間後、オーデンセで4日間お世話になる宿"ダンホステル オーデンセシティ"に到着。
バスのコンテナから荷物を降ろし、1階でルームメンバーが発表され、カードキーをもらう。
それから各自部屋に荷物を置いて、夕食を食べに行く為またここに集合することに。

――ところが、大変なのはここからだった。
エレベーターは一見「ここは村○製作所なの?!」と勘違いしそうなほどエレベーターに見えない扉(まるで未来と繋がっていそうな)。
中も予想外に狭い為、詰められるだけ(といっても4〜5人分が限度)荷物を詰め、人が一人補助で入って操作。残りの人はそのフロアで受け取る。
50人近くの人&荷物&楽器があるので運ぶのにかかる時間は半端じゃなく、最後の方の人達は集合時間に間に合うか微妙な時間になってきたので
「いっそ手で持って上がろうか」と考えた。
私もその中の一人だった。307号室。3階ならどうにかなるだろ!と思ったら、地上階を0階とカウントするらしく、つまり307=4階。
諦めてエレベーターを待つことにした。

その後、時間通り集まり、オーデンセの町をぞろぞろと歩いて夕食に向かった。
夕食の時間なのにまだ明るいです。
歩きながら、色々と驚かされたことがある。オーデンセの電灯
まず自転車専用道路。歩行者専用道路のすぐ脇にあって、歩行者の方は石畳、自転車の方はアスファルトと色としては分かれているが、
段差は1cmかそこらしかないので気づかずうっかり歩いていると轢かれそうになる。
次に、街灯がぶら下がっている。日本だとポールが立っていてその先端に照明があるが、
デンマークは道路の上空にワイヤーみたいなものが張り巡らされていて、そこに等間隔に明かりが吊るされている。
交差点だと信号も同じようにぶら下がっていた。
中でも旅行中、一番苦労したのが信号機。青の時間が非常に短い。そして視覚的予告は何もなくにすぐ赤になる。
青→チカチカ→赤に慣れている日本人の私達は当然戸惑い、渡る度にダッシュしたり取り残されたり、という経験をした。
この信号って足の不自由な人やお年寄りには優しくないと思う。福祉大国と言う割にはちょっと抜けてるなぁという印象を受けた。

お店の看板白鳥の看板の"デン・グリム・アリン(みにくいあひるの子)"はビュッフェスタイルのレストランだった。
その場で切り分けてくれるローストビーフの味は良かったが、レーズンの入ったターメリックライスはポソポソでがっかりしたのを覚えている。

夕食の後は自由行動。
夜9時を過ぎてもまだ夕方のように明るい。聞いていたほど寒くもなく、Tシャツにパーカ1枚羽織る程度で過ごせた。
その晩初めて入ったお風呂(というかシャワー?)は浴槽がなく狭かったので、各部屋工夫&苦労したようだった。

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