【6日目 8月23日(火) & 7日目 8月24日(水)】

おはようございますぅ1週間の演奏旅行も、今日でとうとう最後の日となった。今日は日本に帰る日。

朝食を食べた後、8時までにスーツケースを廊下に出してポーターに1階まで運んでもらう。
自分達でコンテナに積み込んで移動。
バスの中からも教会や図書館、学校などが見え、一つ一つ添乗員の方が説明してくれた。

港の近くで降ろされ、人魚姫の像とゲフィオンの噴水を見る。
人魚姫の像は、今から90年以上前に王立劇場で『人魚姫』のパレエを見たカールスベア・ビールの2代目社長が作らせたもの。
彫刻家が自分の夫人であるバレリーナをモデルとして作成したのだが、夫人の脚があまりに美しかったため、尾ひれの上に脚を付け加えてしまったという。セクシー!(笑)
今日8月23日は、この像の92歳の誕生日とのこと。この92年の間に彼女は首を取られたり、脚や腕を折られたり、
はたまた爆弾を仕掛けられて海の中に沈んじゃったりと波乱万丈な人生(人生?)を送っているらしい。ご愁傷様です…。
いろんな国の観光客がたくさんいてなかなか傍まで近づけなかった。

人魚姫の像ゲフォンの泉の前で集合

ゲフィオンの噴水は人魚姫像から少し歩いたところにあった。スウェーデン王に「一晩で耕せるだけの土地を与える」と言われ、自分の4人の息子を牛に変えて土地を耕させた伝説の女神、ゲフィオンの像の噴水。
その後得た土地が、コペンハーゲンのあるシェラン島といわれている。第一次世界大戦で亡くなったデンマーク船員の記念碑として建てられた(以上ガイドブックより)。

アマリエンボー宮殿兵隊さんの登場です。
バスで少し移動してアマリエンボー宮殿に行った。車がビュンビュン通るのでちょっと危険。
ちょうど衛兵交代式が始まるところだった。衛兵は5人いて、先頭が隊長。門は4箇所あって、後ろの4人が順に交代していく。
ただ交代するだけなんだからそんなに時間かけなくてもいいのに…。交代する2人の顔が近すぎておかしかった。

交代後の写真撮影では、すぐ隣に立とうとすると衛兵に「そこ!」と(声は出していない)指で1mくらい離れた場所を指示された。
バスに戻る途中の車道に、ワイパーに真っ赤なバラを乗せた銀色のロールスロイスが駐車されていた。
その隣の運河に泊まっていた豪華客船は個人所有だという。
ニューハウンの町並みさらにバスで少し移動して、ニューハウン脇の土産物屋「アメリエ」前に停車。カタカナで書かれた看板。従業員は全員日本人!
街を歩いているとところどころに足跡が。なんだろうと注意して見ていると、その足跡を辿ればアンデルセンゆかりの地に着くというものらしい。
アンデルセンはニューハウンの町並みが好きでよくこの辺りに泊まったという。
彼が1年間滞在したという建物の前で、足跡は玄関の方を向いて止まっていた。そこの壁にはアンデルセンの顔の描かれた案内板があった。

デンマーク最後の昼食昼食は美大の食堂をお借りして食べた。門扉には小さなバラが絡み、中庭には真っ赤なパズルのピースのモニュメントがドーンと置かれていた。
食堂の壁の上の方に、生徒が卒業制作で作ったと思われる白い鳥の巣(結構大きい)があった。
バスに戻る途中、馬に乗った警官が2人、広場を闊歩していた。
そういえばコペンハーゲンの信号はオーデンセに比べて短くはなかったと思う。チカチカがなくて急に変わる点は一緒だったけど、ちゃんと普通の速度で渡りきれた。

その後はバスで空港に向かい、Tb Nさんは更に北へ、我々は日本へ。帰りは行きより短い10時間のフライト。
添乗員のお兄さん2人組が常におもしろい事をやってくれた(頼んでもいないのにお酒持って来てくれたりetc)。行きほどの興奮もなく、日本時間に合わせて寝られた。


荷物。。。お疲れ様でした。飛行機の中で日付が変わり、8月24日午前9時半過ぎ、無事成田空港に着陸。
飛行機から一歩出た瞬間に慣れた湿気が全身にまとわりついてくる。このジメっとした空気こそ日本の夏。ああ帰って来たんだと実感した。
空港で解散した後、クローネを日本円に換える。この時1Kr=15円。1週間前に両替した時は20円だったのにその時より下がってる!!
戻ってきた額が予想していたのより少なくてショックを受ける。
電車で帰ったが、眠い!! まだ昼前なのに。これが時差ボケってやつ? 家について荷ほどきをしながら、あまりの眠さに途中でダウンして5時間昼寝しました…。
明日から再開する日常のことは考えない考えない……。

*      *      *

今回の旅行でたくさんのものを得られたと思う。
出会った人達や風景はさることながら、音楽をやることの楽しさ、団員との交流。
お客様に楽しんでもらおうとするなら自分達も楽しんで演奏すること。
国は違っても笑顔は一緒。市庁舎での演奏は本当に楽しかった。
普段話したことのなかった人ともこの1週間でたくさん話せた。
私的な話ですが、オーデンセ委員をやったおかげで、今まであんまり知らなかった他のパ−トの方の名前もちゃんと覚えることができました。
色々な事情で今回参加できなかった団員にもこの経験を伝えて、今後の活動に生かしていければと思う。



船吹初の海外遠征成功のために
ご支援ご協力いただいた船橋市(国際交流室、教育委員会文化課)、
オーデンセ市、近畿日本ツーリストの田辺さんと荒井さんには
この場を借りて改めて御礼申し上げます。

 そして今回の旅行に協力して下さった全ての方々に感謝を込めて。」

20050930 キスジュンコ

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